射水市BLOG

平成17年2月25日に合併協定調印式が挙行され、いよいよ新湊市、小杉町、大門町、大島町、下村が合併して射水市になることが決まりました。このブログでは新しく作られる、射水の歴史を刻んでゆきます。

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W杯柳沢選手出場に、射水市湧く

わき返る地元・射水『FWの軸 任せた』


柳沢選手の日本代表入りが決まり、歓声を上げて喜ぶ応援クラブの人たち=15日午後2時12分、富山県の射水市役所小杉庁舎で
 「FWの軸として活躍を」-。十五日発表されたサッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会の日本代表に、富山県射水市(旧小杉町)出身で鹿島アントラーズの柳沢敦選手が選ばれた。二〇〇二年の日韓共催大会に続く二大会連続の選出に、地元では知人や後援会関係者が、ジーコジャパンの主力としての奮闘を願って、熱いエールを送った。

 柳沢選手の地元である射水市では、日本代表ユニホーム姿の柳沢敦応援クラブのメンバー約二十人が市役所小杉庁舎に集まり、祈るような気持ちで、代表選手の発表をテレビの前で待った。

 ジーコ監督が柳沢選手の名を読み上げた瞬間、メンバーは両手を挙げて「おおっー」と歓声を上げた。応援団長、宮林進さん(45)の掛け声で「あつしゴー」と叫ぶと、くす玉を割って喜びに浸った。

 長男蓮君(2つ)、母山本智恵子さん(52)と来場した同県高岡市伏木東一宮、主婦倉持裕美さん(26)は「選ばれて本当に良かった」と話し、「今からヤナギ(柳沢選手の愛称)みたいなサッカー選手を目指して頑張ろうね」と蓮君の頭をなでた。富山市の深田敏幸さん(67)は「前回大会のようなアシストだけでなく、自分で得点を入れて日本を勝利に導いて」と期待を込めた。

 柳沢選手は三月、右足にけがを負ったため、「代表入りへの影響が心配だった。明け方三時に目が覚めて眠れなかった」と話すのは応援クラブの稲垣浩会長(59)。「何としてもW杯に出場しなければという敦の気持ちが伝わったと思う。必ず活躍してくれる。ジーコ監督ありがとう」と喜びもひとしおの様子だった。

 射水市は六月十八日、小杉総合体育館(同市戸破)に特設大画面を設置。午後十時キックオフの対クロアチア戦の応援を市民に呼びかける。

 柳沢選手が在籍していた「小杉少年サッカークラブ」の当時の監督、倉橋昌史さん(43)は「けがをしていても選ばれたということは、ジーコ監督の信頼もあったんだろう。FWでは最年長で、唯一の二大会連続出場になるから軸にならないと。四年前は不完全燃焼だったようなので、悔いの残らないプレーをしてほしい」と期待している。

ゴール連発を
 石井隆一富山県知事の話 二大会連続出場は県民の誇りで喜ばしい限り。世界中が注目する大舞台でゴールを連発することを期待しています。

中日新聞より

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